ベッキーさんシリーズ完結 『鷺と雪』 [文藝春秋]
xfyブログエディッタを使っての初投稿。はてはて、うまくいくかなぁ。
ベッキーさんシリーズもいよいよ完結。このシリーズは結構お気に入りだっただけに、ちょっと残念な思いもあります。
今読み終わったばかりなのですが、思っていたような結末ではなかったのですが、でも胸に染みるような終わりでした。個人的には、戦争に突入して終わりだと思ったのですが。まあ、あれは実質戦争に突入したようなものかな?
今回は「不在の父」「獅子と地下鉄」「鷺と雪」の3編からなっています。今回嬉しかったのが、この3編がすべて日常の謎だったことです。やはり日常の謎は良いなぁ。誰かが死ぬと、そこには憎しみがあったり悲しみがあったりと、人間の悪意が出てくるのですが、日常の謎にはそれが少ないですから。それこそ、「鷺と雪」のように、単なるいたずらですんだりするので。
ベッキーさんの秘密は前回明かされたので、今回特にベッキーさん関連の話はなく。と言うか、ベッキーさんの出番自体が少なかった気がします。このシリーズをベッキーさんの物語ととらえると、『玻璃の天』の方が最終巻っぽかったですね。ミステリの内容をとっても『玻璃の天』の方が、最終にふさわしかったかも知れませんね。
でも、このシリーズの真のテーマは戦争に突入する時代を描くことだったように思います。世間は戦争という時代に向かいつつあるのですが、そこには普段の生活があり。『リセット』の時も思ったのですが、たとえ戦争時であっても日常の生活がある、と言うことを忘れてはいけない気がします。
今回、個人的に一番良かったのが、ベッキーさんのお嬢様に対する想い。「何事も―お出来になるのは、お嬢様なのです。明日の日を生きるお嬢様型なのです」(P.244)ということばですが、これは、ベッキーさんの口を通して、北村薫さんが伝えたかったことなのかな、と思いました。今の若い人たちには、このことばを信じて欲しいなぁ。そして、自分がもう何事も出来る年ではなくなってきたのが悲しい。
最終巻にしては、静かな結末だったと思いますが、決して地味と言うことではなく非常に面白かったです。そして、相変わらずの北村薫氏の博覧強記ぶりにもうただただ圧倒されました。北村薫さんの目には、どのように世界が映っているのか。ライトノベルばっかり読んでいる自分には無理だとは分かっていますが、それでもその高みに少しでも近づきたい、と思いました。
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