SSブログ

『夏の王国で目覚めない』/彩坂美月 [早川書房]

(あらすじ)
父が再婚し,新しい家族になじめない高校生の美咲。だから,幻想的なミステリ作家,三島加深のファンサイトで加深が好きな仲間を知ったことは大きな喜びだった。だが〈ジョーカー〉という人物から【架空遊戯】に誘われ,全てが一変した。役を演じながらミステリツアーに参加し,劇中の謎を解けば,加深の未発表作がもらえる。集まったのは7人の参加者。しかし架空のはずの推理劇で次々と人が消え……(背表紙より)

(感想)
非常にファンタジックで印象的な表紙に,印象的なタイトル。そして,帯に書かれた「有栖川有栖さん推薦」の文字に釣られて購入に到った本書。気になるところもありますが,個人的には大当たり。いろいろな要素がちりばめられていて,それが絶妙に絡まり合い,非常に素晴らしい味を醸し出していました。

本作の特徴として,作品中で登場人物達がミステリツアーで演じている,と言うところが挙げられます。新刊案内の小冊子には,「多重構造の推理劇」と本作の紹介が為されていました。語りは,参加者の一人で,ミステリツアーでは九条茜という役が与えられた高校生の少女・美咲の視線。始めはただのミステリツアーという様相で,ヒロインもどこか余裕を持って目の前で演じられる物語を楽しむ,と言う感じがしました。そのためか,読者である私はどこかしらゲームを見ているような,そんな奇妙な感覚で読み進めていきました。

そこが一転するのが,密室からの消失事件。そして,遂に起きてしまう殺人事件。そして,エスカレートしていくジョーカーからの演技の要求。ここに到るにつれ,登場人物達はいつ犯してしまうかも知れないミスにおびえ,如何に役割を演じるか,演じきるか。そして,ミステリツアーを終えるか,と言う事に意識が向いていきます。始めは軽い感じで読み進めていた私も,ここに到って物語り世界に惹き付けられ,どっぷりとはまっていました。

そして訪れるクライマックス。この辺の推理については,オーソドックスな展開をとっているため,ミステリになれている人には簡単に読めてしまうのではないか,と思います。ただ,私が本作を好きだ!と思えたのは,ラストがミステリツアーの種明かしだけでは終わらなかったところにあります。

それは,物語の最初から提示されていた謎。時折提示されていた,物語にふせられたいた部分。そこがクリアになった時,自分のミスリードに気づかされました。しかし,それは不快なわけではなく。ある意味,ヒロインが自分の心の中に鍵をかけ封印していた部分が明かされたことで,ヒロインが一つ成長する切っ掛けとなったことを感じ取ることができました。そのヒロインの成長が心から祝福できました。

そして,さらにさらに。若干のスパイスとして加えられた,ラブストーリーとしての要素。これが非常に絶妙で,刺激的でした。この要素があったからこそ,この明るく美しいラストを生むことに成功していたように思います。個人的にはこのラストは,見事,としか言いようがありませんでした。このラストを見るために,この物語があった,と言っても過言ではない気がしまた。「あぁ,良い物語を読んだ」と感じさせてくれる,爽やかで素敵なエンディングでした。

展開が唐突すぎると感じる部分もあり,若干要素の詰め込みすぎかな?と思う部分もあります。とはいえ,ミステリ,成長,そしてラブと3つの要素を絡み合わせたことで,この物語のすばらしさが生まれていました。確かに,この作品は推薦に値する作品です。余談ながら,こういう作品こそ「本屋大賞」で取り扱って欲しいなぁ。そう思わせてくれる作品でした。この作品が作者の3作目。ここから成長できたら,さらに素晴らしい作品が生まれそうだ,と楽しみです。また一人楽しみな作家さんが増えました。

夏の王国で目覚めない (ハヤカワ・ミステリワールド)

夏の王国で目覚めない (ハヤカワ・ミステリワールド)

  • 作者: 彩坂 美月
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/08/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 


ブログパーツ
nice!(14)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 14

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。