『カナクのキセキ 5』/上総朋大 [富士見]
(あらすじ)
恋する魔王と紅の魔女を巡る悲恋のファンタジー、感動の完結巻!
「カナクさんがこの世界にいてくれるなら、あたしはどうなろうと構いません!」
――カナクを救うため、白夢の泉に飛び込んだネウ。
(落ち着け……何もかも忘れて、黒夢の魔王を倒すんだ!)――アレンシアの希望、若き影砲士ライカ。
「さあ、始めよう。そして全てを終わりにしよう」――とうとうユーリエの許へ行く方法を見つけた黒夢の魔王カナク。
双月暦1519年10月。それぞれの悲願を胸に、アレンシア大戦が始まった。
緒戦は烈翔紅帝オリヴィア率いる連合軍の勝利に終わるが……!?
強い愛、譲れない想いが世界を変えるファンタジック・ラブストーリー、感動のトゥルーエンドへ!(富士見ファンタジア文庫ウェブページより)
感想は追記にて
(感想)
カナクの奇跡までの軌跡の物語、ついに完結です。
第22回ファンタジア大賞金賞受賞作。これまでライトノベルでは殆ど見られなかった、「愛」をメインテーマに据えて、真っ正面から描いてきたこの作品。果たして、ラストはどうなるか、と思ったのですが。この作品を追ってきたものには非常に満足いくないようだったと思います。表紙が幸せそうなカナクとユーリエ。これが全てを物語っているように、幸せな結末でした。
最終巻となったこの巻。いよいよ魔王となったカナクの軍勢と、オリヴィアをトップとしたアレンシア連合軍との戦いが話の中心でした。その中で繰り広げられる因縁の対決。対面。オリヴィアはリーゼと。ヤヒロはソーンと。そして、ネウとカナク。カナクを大切に思う人々とカナク。時には激情の混じった、時には悲しみにあふれたものがそこにはありました。
まず感じたのは、カナクの演じた偽悪のこと。アレンシアにすむ人々の共通の敵・黒夢の魔王として立ちはだかりました。黒夢の力を得たのは、あくまでも彼の目的である「ユーリエと逢いたい」という想いのためですが。しかし、カナクは世界のために平和の種を残していきました。世界がまとまるための種を。
ここで思い出したのが、『宇宙のステルヴィア』と『新機動戦記ガンダムW』でした。例えば、『宇宙のステルヴィア』では、この作品と同じように、それまでばらばらだった世界が、セカンドウェイブ、コズミックフラクチャから地球を守るために世界がまとまっていく姿が描かれていました。また、ガンダムWでは、戦争の悲惨さを全世界に見せつけることで、世界から戦争をなくし、まとめようとしていました。私自身の知識不足のために、同じような前例を知らないのですが。これを思うに、やはり世界がまとまるには、ということを考える時に、「共通の強大な敵」というのが避けられないのかなぁ、なんて考えてしまいました。
閑話休題。自分の目的を叶えるための代償として、偽悪という道を選んだカナク。その姿は、魔王と呼ばれる存在となっても変わらないなぁ、と感じました。他の誰かの為を思える優しさ。だからこそ、ダークエルフのネウもカナクのことを好きになったんでしょうし、彼の周りには種族や立場を越えて、彼を思ってくれる人がいたのかなぁ、と。
物語としては、壮絶な部分もありましたが。苦しんできた分だけ、それぞれに救いがあるような物語だったと思います。思い返してみても、全ての人物が黒夢の力に振り回されてきたんですよね。その中で、愛を失い、憎しみが生まれ、その憎しみが別の愛を奪い、新たな憎しみを生み。愛という感情のすばらしさを歌ってきた物語でありますが、愛の反作用と言うようなものを描いてきた物語であったように思います。
その振り回されてきた人たち。ある意味、可哀想な人たちでありますが。最後の最後に救いがあった分、よかったかなと思います。リーゼなんかは、本当に一つ歯車が狂ってしまっただけに。思わず涙があふれそうでした。
なによりラスト。この瞬間を待っていったと言っても過言ではない瞬間。もう、最後の石版の言葉だけで泣いてしまうってのに、それからのやりとりが、幸せで。多くの時を経ているはずなのに、それは二人が別れたその瞬間のものと変わらないようで。彼女は本当に生き生きとしていて。カナクは戸惑いつつも優しく彼女を見守っていて。思った形とは違うかもしれませんが、とても幸せになれました。
ネウにとっては、少し辛い結末になってしまったかもしれません。しかし、誰かを思い、誰かのために歩んできたことは、彼女にとっても財産になったのではないか、と思います。それに、彼女のそばには、誰よりも彼女を思ってくれる人が居るようですし。もう、P.259の挿絵とかもう可愛かったですし。
全5巻。愛にあふれた素敵な物語でした。何度涙を流したことか。とにかく、この素晴らしい作品を完走した作者にありがとうございます、です。表と裏を利用した物語の展開も非常に面白い試みでした。次回作はどうなるか分かりませんが、期待しつつ待ちたいと思います。
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