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『灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ』/十文字青 [オーバーラップ]

(あらすじ)

おれたち、なんでここでこんなことやってるんだ……?
ハルヒロは気がつくと暗闇の中にいた。何故こんなところにいるのか、ここがどこなのか、わからないまま。
周囲には同じように名前くらいしか覚えていない男女、そして地下から出た先に待ち受けていた「まるでゲームのような」世界。
生きるため、ハルヒロは同じ境遇の仲間たちとパーティを組み、スキルを習い、義勇兵見習いとしてこの世界「グリムガル」への一歩を踏み出していく。その先に、何が待つのかも知らないまま……。
これは、灰の中から生まれる冒険譚。(オーバーラップ文庫ウェブページより)

文庫版

灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ (オーバーラップ文庫)

灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ (オーバーラップ文庫)

  • 作者: 十文字 青
  • 出版社/メーカー: オーバーラップ
  • 発売日: 2013/06/22
  • メディア: 文庫

 

Kindle版

灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ (オーバーラップ文庫)

灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ (オーバーラップ文庫)

  • 出版社/メーカー: オーバーラップ
  • 発売日: 2013/06/25
  • メディア: Kindle版

 

 

 

感想は追記にて。

 

(感想)

2013年4月に創刊された「オーバーラップ文庫」。目玉は『インフィニット・ストラトス』のようですが、その脇で他のラノベレーベルで活躍している作家の作品もリリースしています。私もこっそりと4月から1冊ずつ購入していたのですが、ようやく1冊読み終わることができました。

十文字青さんと言えば、私の中では一迅社文庫から出した『ぷりるん』『全滅なう』が素晴らしすぎて、好きな作家の一人であり、凄い作家と認識している人です。でも最近、「私って十文字青さんの作品は好きなのか?」という疑問がありました。とにかく作品を買っているものの読んでないのもあるんですが。そこでこの作品に手をつけてみたわけですが、これが大正解でした。まだ1巻ですが、これをオーバーラップ文庫の目玉にしてもいいと思いました。

作者のあとがきにはRPGについて、特にオンラインRPGについて書かれていましたが、この作品の世界観はまさにオンラインRPGでありました。オンラインRPGを取り扱ったライトノベル作品というと、アニメ化された『ソードアート・オンライン』をすぐに思い浮かべると思います。ただスタンスは全く逆と言えるものも多くで、その点は非常に興味深いと思いました。

まずなにより、確かに設定としてはオンラインRPGっぽい世界であることが示されていますが、果たしてこの物語はオンラインRPGの世界なのか、というところがあります。それを感じさせるのは、主人公たちが全員、自分の名前以外の記憶をすべて失った状態で目覚めるところから始まり、何も知らない状態で義勇団に参加するところから始まりますが、そこから最後まで基本的に世界について触れられません。「これってまるでゲームみてーだな」なんて言葉がなかったら、只の異世界ファンタジーとなっていたように思います。もちろんこれからの物語の重要な部分になるところではあると思います。実際、オーバーラップ文庫のウェブアンケートの項目に「この世界「グリムガル」はゲームなのかリアルなのか、どちらだと思いますか?」なんてものがありました。

世界観については、今後の面白さを引っ張って行く要素の一つになると思いますが、この巻の魅力は何より「少年マンガの王道と言えるストーリー展開」だと思います。キーワードは「友情・努力・勝利」です。

最近のライトノベルの傾向として、「俺Tueeee」が挙げられます。「ソードアート・オンライン」なんかまさにそれでしょう。努力は不要なものと切り捨てられ、才能や覚醒、修行部分を大幅カット、あるいは強力な存在からの力の譲渡などにより主人公はいきなり強いものが多いように思います。その部分が読者のストレスになるものとして扱われ、ただただ主人公が爽快に活躍する。これが最近多いように思います。

ところが、この作品はそうではありません。むしろ逆で、主人公たちはある意味「落ちこぼれ」です。最初に召喚された12人の男女。その中で喧嘩の強かったものがメンバーを選び、またはそこに付いていこうとして6人が抜け。そこからあぶれた6人が物語の中心となります。ひたすらゴブリンを相手に戦い、「ゴブリンスレイヤー」と他のパーティーにあざけられるような6人が、主役です。かっこよく活躍する存在とは対極にあり、ライトノベルの定石を考えると、冒険をしているように思いました。

しかし、彼らには友情があり、努力があり、そして勝利します。そこがこの物語の面白さであったと思います。

友情。この6人は記憶を失っていたこともあり、互いに見ず知らずです。ただ、最初に義勇団に加わることになったときに居合わせた、ということからメンバーを組むことになっただけです。それぞれの個性がバラバラですが、冒険を続けるうちにだんだんまとまっていきます。そんなときに生まれる別れ。そして、出会い。別れを経験したことでバラバラになりそうなパーティーが、やがて再びまとまり、そして団結していく様子は読み応えがありました。

努力。主人公たちは全然強くありません。始めはゴブリン一体狩るのもぎりぎりです。初めて無理をしようとしたところで躓き、その経験からさらに慎重になります。強くなるためには、というところから装備を調え、スキルを身につけていきます。その歩みは早いとは言えないものですが、この少しずつ強くなっていくところがリアルだなぁ、と思いました。

勝利。物語の終盤で遂に迎える戦い。少しずつ身につけたスキルを生かし、それまで培ってきたチームワークで勝負を挑む戦い。その戦いは非常に泥臭いものですし、かっこよくはありません。しかし、それまで培ってきたものをすべて出し切った戦いであるからこそ、勝利に価値があるように思えました。RPGで言うと、最初の中ボスを倒した、どころか中ボスとも言えない敵だったかも知れません。しかし、平凡な主人公たちの第一歩として背負ったものもあり、満足できました。

ラストに待っていたのが、エピローグではなくプロローグ、と言うのもよい趣向でした。FF1でいうと、ようやくガーランドを倒して橋を渡ったところ、というところでしょうか。今回の最後の敵は、ガーランドと比較するとあまりにあれですが。

義勇団としてようやく一歩を踏み出した主人公たち。その一方で、この世界の謎を解き明かすために立ち上がるクラン・暁連隊(DAY BREAKERS)。暁連隊と主人公たちの関係はあまりに遠いように思わせつつ、運命の交わりを予感させてこの巻は終わります。果たして一体どう主人公たちが大きな流れに関わっていくのか。物語が加速していくことを感じさせ、ワクワクしてきました。この後、主人公たちはどのように成長していくのか。成長物語として、期待が高まってしまいます。

書かれている文章として、派手さはありません。それどころか、淡々としているように私は感じました。主人公視点の一人称で書かれているので心情描写は入ってきますが、それ以上に主人公の目に映った事実の描写が多いような印象。バトル描写の影響かも知れませんが。ただ、それでも物語を追ってしまう、追わせてしまうだけの力が、この作品にはあったように思います。あぁ、やっぱり十文字青さんが書く作品が好きだ。そう感じさせてくれました。

主人公たちの成長。この世界は何なのか。続きが非常に楽しみになる作品でした。最近の「俺Tueeee」ものにこりごり、と言う人はもちろん、多くの人に読んで欲しい作品です。


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コメント 2

chokusin

オーバーラップ文庫は初耳でした。色々なレーベルがあるんですねえ。

最近よく言われる「俺Tueeee」ですが、「どうせ最後には勝つんだからヒーローは最初から圧倒的強さでいいんだよ!」という美学を持った某脚本家もハリウッドにはいますしね。逆に冒険を通じて段々と成長するヒーロー(主人公)がいても良いわけで。

様々な描かれ方をした作品がジャンル内で共存できるのが健全な気がしますね。
by chokusin (2013-07-05 20:38) 

takao

chokusinさん、コメントありがとうございます。

オーバーラップ文庫はできたてほやほやで、現在のラインナップが15冊ですからね。
ラノベが好き!と言う人出ないと知らなくても当然かも知れません。
レーベルは正直飽和状態だと思いますがw
ここでどのような色を出せるかが勝負でしょうね。
と言っても、個性を打ち出せているレーベルなんて殆どない気がしますが。

確かに、最後は勝つですねw
俺Tueeeeは読者は外から眺める感じで、成長する主人公は読者が自分を反映できる主人公だと思うんですよね。
だから、どちらも必要だと思います。
個人的には、今の状況はあまりに売れ線に集中しすぎているのが気になるところです。
『テルミー』の帯に合ったように、「ライトノベルはもっと自由でいい」(うろ覚え)と思うので。
まぁ、その『テルミー』は打ち切りを喰らったわけですが……。

>様々な描かれ方をした作品がジャンル内で共存できるのが健全な気がしますね。

ちょっと別の話になりますが。
2000年代前半の某ラジオ番組でthe pillowsの山中さわおさんが「ロックがあってヒップホップがあってアイドルポップがあって。いろんなジャンルの曲がランキングに入っていて凄く健全だと思う」みたいなことを行っていたように思います。これまたうろ覚え。
色々なジャンルがあるからこそ、その分野の成長余地があると思うので、私も色々なタイプの本が出ていいと思います。
ただそれが売り上げに繋がらないのも事実で、悲しいところなんですが。
by takao (2013-07-05 21:05) 

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