『ハケンアニメ!』/辻村美月 [マガジンハウス]
(感想)
はじめに(どうでもいい話)
先日、2014年に読んで面白かったライトノベルを紹介しましたが、個人的に2014年読んだ本で一番面白かったのは、辻村美月さんの『ぼくのメジャースプーン』でした。人から薦められて今更読んだのですが、おすすめに違わぬ面白さ。あっという間に読み終えてしまいました。
そうなると、辻村美月さんの他の作品を読みたくなります。そこで今回手に取ってみたのが、この『ハケンアニメ』です。
ちなみに、この作品の存在は、発売当時から知っていました。アニメ好きとしては非常に気になるタイトルでしたが、結構いいお値段ですし「電子書籍版が出たら買ってみようかな」と思って、手を出していませんでした。しかし、出版社がマガジンハウスで正直電子書籍版が出るのかな、という思いもありました。そんな折、辻村美月さんの他の作品を読んでみたい、という思いが重なり、購入してみた次第です。
『ハケンアニメ』というタイトルについて
『ハケンアニメ』は漢字で書くと、『覇権アニメ』です。詳しい意味は、ニコニコ大百科が詳しいので、そちらを見ていただけるといいと思います。
普通の人は「派遣アニメ」なんて想像するのではないかな、と思います。読書メーターでも、「覇権アニメ」という言葉を初めて知った、なんて感想もありました。ちなみに、私自身アニメで「覇権」という言葉を使うこと自体は知っていましたが、「派遣アニメ?」と思ってしまった奴であります。これで、「覇権アニメ」という言葉が一般に広がるんだなぁ、と思った反面、違和感もありました。
と言うのも、この言葉自体、「売りスレ」用語、というイメージが強かったからです。私がTwitterしている中でこの言葉を見かけたことがあるかな?という印象で、ニコニコ大百科にもありますが、この言葉を使うのは「売り上げ厨」と呼ばれるタイプのアニメファン、というイメージがありました。
その「覇権アニメ」という言葉がタイトルである作品。一体どんな内容なのだろう、というのが、この作品を読む前に思っていたことでした。
お仕事小説の限界?
この作品は、アニメプロデューサー、アニメ監督、アニメーターの3人の女性の視点からアニメ業界を描いた、所謂お仕事小説と呼ばれる作品です。主人公全てが女性になっているのは、掲載されていたのが「an・an」だったからでしょう。1クールの中での覇権争いと、それにまつわることについて、1つの章で1人にスポットライトを当てることで、アニメ業界について描かれています。
章ごとの面白さを優良可で表現すれば、アニメプロデューサーの視点で書かれた1章は「可」、アニメ監督の視点で描かれた2章は「優」、アニメーターの視点で描かれた3章は「良」。全体を通して通して見れば、エンターテイメント作品として良作です。ただ、私はこの作品を通して「お仕事小説」の限界を感じてしまったような気がしました。
それは、「お仕事小説」は自分の知らない仕事についてを知ることができる反面、その内容の描写にパートが割かれるために、主人公の葛藤が描かれる場面が少ない(またはない)。知らないことを知る、という知的好奇心を刺激してくれるし、エンターテイメントとしての面白さは補償される。しかし、葛藤とそれを乗り越えた成長によって描かれる文学的面白さが得られないのではないか、ということです。
これはまぁ、ひとえに直前に読んだのが、作者の渾身の傑作である『ぼくのメジャースプーン』で、それと比較してしまったこともあるが故の思い込みのような気もしますが。作品を読み終えて、感じたのはこういうことでした。
成長、という部分では、1章では感じられなかったものの、2章と3章の主人公で描かれました。ただ、そこで描かれていたのは、近視眼的なものの見方をしていた主人公が、自分と違う視点の持ち主との交流の中で、それまで見えていなかった範囲まで視野が広がる、という成長であるように感じました。それはそれで素晴らしいと思います。ただ、特に3章の主人公が特徴的なんですが、アニメが好きでアニメーターになった人の視野の狭さが少し広がったのを読んで、「よかったよかった」と思えるか、と言うことです。個人的には、3章の主人公の視野の狭さ、「どうせアニメが好きな人なんて偏見を持っているだろう」という偏見にイライラさせられて、しかし相手のがんばりを見て、その思いが若干揺らぎ、という流れを読んで、「うーん」と感じてしまう部分がありました。まぁ、これが恋の始まり、と思って楽しめれば良いのかも知れませんが。ある意味オタクの駄目なところが描かれていたので、感じてしまった面も大きいとは思いますが、素直に「よかった」とは言い切れませんでした。
ちなみに、2章が「優」となっているのは、主人公の成長がよかったから、と言うことではなく、作中ではあまりよく描かれていない行城プロデューサーの存在であったりします。
人の顔を覚えない、雰囲気イケメン、人脈自慢などなど、あまりよく描かれないどころか、彼のことをよく言ったのは2章の主人公だけだったような気がします。しかし、
「あの人は、私をきちんと食い物にしているでしょう?(後略)」(P.212)
の言葉が象徴的であるように彼は作品を「食い物」に仕立てることに関して、プロフェッショナルだと感じました。周りに何と思われていようと、作品を売れさせる=覇権をとらせることに対して、全力を尽くす姿は、大変素晴らしいものと感じました。そのプロフェッショナルな仕事があったからこそ、2章は輝いているように感じました。おそらくこの人のモデルになった人は、覇権アニメという言葉を定着させ、あとがきにも名前が出ているあの人かな、と思います。この人、私にはあまりいいイメージがなかったりするのですが、この作品に描かれているような人なら、少しはイメージが向上しそうです。
全部読み終えてみて想像したことがあります。それは、「王子千春を主人公にして、『運命戦線リデルライト』を描くまでの葛藤と、制作していく中での彼の成長を描いたら、どんな話になるか」ということ。おそらく、私がこの作品に求めたかった内容は、それであったのだと思います。そして、これを描いた作品は、この『ハケンアニメ』よりさらに面白い作品になるのではないか、とすら思います。自分の過去の栄光によるプレッシャー。それを乗り越える葛藤というのは、普遍的テーマであり、より多くの読者の心をつかむのではないでしょうか。それを要望しても詮無いことですが、「惜しいなぁ」と思ってしまいました。
総評
私の期待値の大きさがあったが故に物足りなさを感じてしまった部分はあります。色々と偉そうに考えてしまいましたし。しかし、年始に一気読みさせてくれるだけの力を持った良作です。アニメ業界について知ってみる、と言う意味でも、本作はおすすめです。
すばらしくおもしろかったです。
帯の煽り文句にもある「お仕事小説」に必要なすべてを備えている感じでした。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。
by 藍色 (2016-02-16 14:20)
藍色さん、コメントありがとうございます。
トラックバックありがとうございます。
こちらも送信させていただきました。
久しぶりなもので、無事にできていたらよいのですが(^^ゞ
私も、お仕事小説としてよくできていたように記憶しています。
再読したら、印象が変わるかもしれませんが、その時はどう変わるか、ちょっと楽しみです。
by takao (2016-02-16 22:01)