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『明日の子供たち』/有川浩 [幻冬舎]

(あらすじ)

 想いがつらなり響く時、昨日と違う明日が待っている! 児童養護施設を舞台に繰り広げられるドラマティック長篇。


諦める前に、踏み出せ。
思い込みの壁を打ち砕け! 
児童養護施設に転職した元営業マンの三田村慎平はやる気は人一倍ある新任職員。

愛想はないが涙もろい三年目の和泉和恵や、理論派の熱血ベテラン猪俣吉行、“問題のない子供"谷村奏子、大人より大人びている17歳の平田久志に囲まれて繰り広げられるドラマティック長篇。

 


明日の子供たち

明日の子供たち

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2014/08/08
  • メディア: 単行本

Kindle版はないみたいです。私はメインでkinoppyを利用していますが、そちらは電子書籍版があります。

 

感想は追記にて。 

(感想)

はじめに(どうでもいい話)

今はどうかはよく分かりませんが、一時期かなり人気が持ち上がった有川浩。山田風太郎賞に3回ノミネート、2013年には『空飛ぶ広報室』が直木賞候補に入ったりしています。

私も一時期は有川浩の作品をよく読んでいました。しかし、奇しくも『空飛ぶ広報室』を読んでから、私は有川浩から遠ざかってしまいました。『旅猫レポート』は購入したんですけどね。

その理由は、たまたま『県庁おもてなし課』と『空飛ぶ広報室』を連続して読んだから、と言うのも大きいのですが。『空飛ぶ広報室』が『県庁おもてなし課』の焼き直し、あるいは手癖で書いたように思えたからだったりします。決して面白くない、という訳ではないのですが、『県庁おもてなし課』を読んでしまった後ではあまり楽しめなく、また当時読んだ作品にいまいちなものがあって、それから遠ざかっていました。『旅猫レポート』はハードカバーで買ってはいたんですけどね。

では、なぜ読むことになったかというと、これもおすすめされたからです。そして読んでみた次第ですが、その結果、有川浩の強みを感じた次第です。

有川浩の強み 

さて、この作品は児童養護施設を舞台にした所謂お仕事小説になると思います。『県庁おもてなし課』『空飛ぶ広報室』とお仕事小説を連続で読んで有川浩から遠ざかっていたのに、久しぶりに読んだのがお仕事小説、というのは因果なものを感じます。 

有川浩という作家の評価で、「ベタ甘」という言葉が使われることがあります。べたべたに甘い恋愛小説を書くことから、この言葉が使われるようになったと思います。しかし、この「ベタ」という言葉、いわゆる「べたな展開」と言われるときに使われる「べた」の意味でもあるように思います。

広辞苑で「べた」と引くと「俗に、工夫がなくありきたりであるさま。平凡」とあるので、「王道」と言い換えてもいいかもしれません。「こうなったら気持ちいいだろうな」と読者が思うような展開を、そのまま描くことができる。作者なら、ひと味スパイスを利かせたくなるだろう所を、工夫をせずにそのまま出す。これが有川浩の一つのストロングポイントであると感じました。

それが顕著に表れたのが、1章の「明日の子供たち」であり、3章の「昨日を悔やむ」であり、5章の「明日の大人たち」。児童養護施設に新しく入ってきた主人公が、あちゃーなことを言ってすれ違い、和解する1章。過去の後悔とその過去の真実が明かされる3章。自分たちの将来に関わる大きな問題が持ち上がる5章。面白い展開ではあるのですが、テンプレートというか、あざとさすら感じてしまう展開を、恥じることなくぶち込んでくるのはとにかく凄いと思いました。あ、これはイヤミではなく、純粋に褒め言葉です。特に3章の展開なんて「お約束」と言われそうですが、やっぱり心地いい展開なんですよね。それを素直に表現できるのは凄いと思います。

そして、ベタなのは物語の展開自体もそうです。一つの章で一人ずつ(4章は児童養護施設の二人かも知れませんが)のことを描いてキャラクターを深める。そして最後の章で全員に関わるような大きな問題が持ち上がり、それを全員でアイディアを出し合って解決する。

この辺、テレビドラマ的な展開だなぁ、と感じました。最近、有川浩原作のドラマやら映画やらが多いような気がしますが(『海の底』を是非B級映画感全開で作って欲しい!)、このドラマにそのままできるような展開の仕方が読者に心地よく感じさせるのでしょう。この作品がドラマ化されても驚きはしないですね。

「有川浩らしい作品」

さて、この作品をおすすめしてくれた方とのお話しの中で、「読んでみると有川浩だなぁ、と感じる」というような話をしました。デビュー作から変わらないところがある、ということで、私も妙に納得したものです。私の中では、「文章を歯切れよくさせるために連発される体言止め」「男前な女性」「何はなくとも自衛隊」「そして恋愛要素」という感じです。今回久しぶりに読んだことで、改めて「有川浩らしい作品」について考えてみました。結果、あまり印象は変わりませんでした。

「男前な女性」はいませんでしたが、キャラクター造形では、有川浩かなぁ、と感じました。初めてのことに戸惑いながらもぶち当たる「熱血」主人公。その主人公を導く女性キャラ。頼りになる先輩。ちょっとイヤミなキャラクター。有川浩の作品に共通して登場するキャラクター群、というのを感じました。

また自衛隊好きで知られる有川浩でありますが、この作品でも自衛隊が登場したのには思わず笑ってしまいました。いや、実際児童養護施設の子どもの就職先で自衛隊が上がるのかも知れませんが。

そして、恋愛要素。この作品では前面に出すことはできなかったのかも知れません。むしろ、恋愛要素をいれる必然性がなかったのかも知れません。しかし、やっぱりちょっと恋愛を感じさせる部分がありました。いつもと違って青春を感じさせるような描写は、いつもの有川浩と違って、むしろ新鮮にすら感じました。

また、この物語の終わり方は、この作品を描くきっかけとなった出来事を描いているようでした。この「自分に関わった出来事を作品にしちゃう」というところが、有川浩らしいと感じました。悪く言えば節操がない、よく言えば貪欲、フットワークが軽いと言ったところでしょうか。 

スピーチき方

この物語のラストでは、ある児童養護施設の存続を欠けて登場人物の一人がスピーチをする場面があります。大変素晴らしい内容だと思います。しかし、その描写の仕方に残念なものを感じてしまいました。

「ですが、天城市には退所した子供を支援するセンターができました。『サロン・ド・日だまり』という施設です」
 不穏なざわめきがゆるやかに安堵していく。
「養護施設に入所しているときから気軽に利用できるセンターで、常駐の職員さんが一人います。養護施設に入っている子や退所した子、退所して大人になった人、すべての当事者が利用でき、手続きや利用料は必要ありません。相談ごとがあったら職員さんが何でも聞いてくれるし、特に用事がなくても、ただお喋りをしたり、一緒にごはんを作って食べたり、リラックスした時間を過ごせます」
 やっぱりここでだらだらできると言わなくて正解だったな、と三田村は頷いた。ネガティブなイメージの言葉は、せっかくの奏子の好感度を損なってしまう。

冒頭部分を引用してみました。これを読んでどう感じるでしょうか。私は、三田村の感想や会場の空気などをスピーチの合間に挟み込むことで、むしろスピーチのテンポを損なって、心に染みこむのを邪魔しているように感じました。同じような描き方でも、『生徒会探偵キリカ』4巻の選手宣誓シーンは、選手宣誓の合間のパートを感じさせないくらいインパクトと力があったので、挟み込むテンポ頻度の問題かも知れませんが。ここはちょっと残念かなぁ、と感じました。

残念に感じた部分をもう一つ。はじめのシーンとラストのシーンを読み比べてみると、この物語が新米として入ってきた主人公が成長していくことを描いた物語のように思えます。しかし、全体を通してみて、主人公が成長したように感じられるかは疑問符が付きます。

確かに、最初には不用意な発言をしていた主人公が、児童養護施設の子どもと接するうちに、自分の不用意さな発言を反省したり、知らなかったことを知っていったりはしています。しかし、主人公は最初から最後まで本質の部分に変化がなかったように思います。むしろ、はじめに気付かなかった主人公の良さを周りが認めていっているだけ、という気さえします。確かに知らないことを知ることは成長であるのですが、それを大きな成長と感じられるか。自分の知らない価値観に触れることで、自分の意識が変わり、内面が変化することような部分がなかったのは残念でした。前回の『ハケンアニメ』の感想でも書きましたが、これも「お仕事小説」の限界かも知れません。 

成長に関しては、「問題のない子供」を主人公と多く関わる登場人物として据えたことの影響も大きいように思います。むしろ、「問題のある子供」を据えて、主人公がぶつかり、すれ違いながらも最終的にわかり合っていく展開にした方が、主人公の成長が描けたのではないかな、と思います。もっとも、この辺は作者が「なにをこの物語で描きたいか」という部分であるのですが。

総評

児童養護施設を舞台にした小説、ということで、児童養護施設について触れるきっかけとなる、ということで面白く読むことができました。一時期話題になった『明日ママがいない』について描写したようなパートがあったのも、どこまでそれが児童養護施設の人の意見を反映されているか、という疑問はありますが、興味深かったです。この本の中に

「みんな自分の人生は一回だけなのに、本を読んだら、本の中にいる人の人生もたくさんみせてもらえるでしょ。」

という言葉があります。この言葉が、このままこの作品の良さを表しています。

北村薫さんも「人が本を読むのは人生が一度しかない事への抗議だと思います」という発言をしています。この『明日の子供たち』という作品を読むことで、児童養護施設の人生を見せてもらえました。

作品展開も、読者にとって心地よいと感じるような展開になっていることもあり、気持ちのいい物語であり、エンターテイメント小説として良質な物語であります。しかし、内容的に「浅い」と感じさせても仕方ないかな、と思う部分もあり、そのことについて不満を感じるかもしれません。

おすすめしたくれた方は「『明日の子供たち』を書いて、書き足りない部分があったので『キャロリング』を書いたのかなぁ」と仰っていましたので、『キャロリング』も読んでみようかなぁ、とは思っています。 

 


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