『廃墟建築士』/三崎亜紀 [集英社]
(あらすじ)
不思議な建築物にまつわる4つの物語
廃墟は現代人の癒しの空間。だが人が住んでいることが発覚し「偽装廃墟」が問題になって…表題作ほか、ありそうでありえない建築物を舞台に繰り広げられる、不思議で切ない三崎ワールド。4編収録。(集英社 コミック・書籍検索サービス BOOK NAVIより)
感想は追記にて
(感想)
三崎亜紀さんが目指してきたことがこの作品で実現している。そして傑作。そう感じた一作でした。
私が彼の作品に触れたのは、デビュー作である『となり町戦争』でした。公共事業としての戦争、と言うアイディア自体は大変面白く思ったのですが、それが作品全体を引っ張れるだけの力がなかったことで、イマイチかな、と感じた次第でした。何よりもイマイチと感じたのは、主人公が戦争について考えるにつけ、結論を出さないことでした。作者として、一つの考えを打ち出して欲しかったな、と残念に思ったのを覚えています。おそらく、文学的テーマを意識していたのでしょうが、そこがうまく表現できていなかったのでしょう。
それから『鼓笛隊の襲来』『バスジャック』と触れてきたのですが、こちらは大変面白く感じられました。短編集と言うことで、それぞれにおいてSFアイディアを飽きることなく作品のおもしろさに生かすことができていました。ただし、こちらは基本的にエンターテイメント寄りになってきたかなぁ、とも感じました。
そしてようやく文庫本が出版されたので読んでみた『廃墟建築士』ですが。こちらは文学的テーマとエンターテイメントの融合、と言うべきか。ある意味これが三崎亜紀の完成形ではないかと感じられました。非常に面白く、そして深い。ハードカバー版を読んで、いち早く触れておくべきだった、と後悔するほどでした。
この作品は「七階闘争」「廃墟建築士」「図書館」「蔵守」の全四編で構成されています。まずはじめの「七階闘争」。これがこの作品のスタンスを強く表しているようで、非常にうまい構成だと思いました。
自殺、殺人、放火などが七階で多発する中、とある自治体が七階を撤去することを決めます。七階に住む主人公は、どうでもいいと思いつつひょんなことから七階護持闘争に加わることになっていく「七階闘争」。七階を撤去しようとするものと戦う七階護持闘争は、読者からしたら非常にシュールな世界観に見え、どことなくおかしいような、思わず笑ってしまうようなところがあります。ナンセンスを凝縮したようなエンターテイメント。おそらく「鼓笛隊の襲来」までの三崎亜紀さんだったらこれで終わっていたと思います。
しかし、最後に描かれる主人公の疑問。これが提示されたとき、なるほど作者はこのテーマを描きたいために、「七階闘争」を描いてきたのか、とはっきりと分かりました。SFエンターテイメントと文学的テーマの融合。SF純文学、と言うのは大げさでしょうが、そんな印象を受けました。
そう、この作品はSFによる、少し不思議な世界が描かれています。しかし、あくまでも描かれているのは、そこに生きている人間。現実とは違う世界を舞台にすることで、人間の普遍性のようなものを描いているのではないでしょうか。
「廃墟建築士」「図書館」「蔵守」で描かれているのは、人間が生きるということ。人間が生きる意味を、しみじみと感じさせてくれる素晴らしい内容だったと思います。
三崎亜紀さんは、デビュー作の「となり町戦争」を含め、これまで3回直木賞にノミネートされてきました。しかし、ジャンルがSFであることもあってか、受賞にはいたっていません。「鼓笛隊の襲来」では、審査員の一人から
「あまり共感出来なかった。シュールというべきか、まるで意図がつかめない。」(直木賞のすべて http://homepage1.nifty.com/naokiaward/index.htmより)
と言われているようです。しかし、この作品では指摘されたことが解消され、意図が強く伝わるようになっていると感じました。果たしてこの作品が直木賞にノミネートされていたら、どんな評価が下されていただろうか。今となっては益体もないことですが、そんなことを思わず考えてしまいました。
「コロヨシ!!」の文庫本解説でも、SF的世界で現実世界を深く描き出している、というようなことが指摘されていたと思います(うろ覚えです)。それはこの作品から始まっていたんですね。SFによる文学的テーマの追求。作者のレベルアップが強く感じられた作品でした。これから作者がどのような素晴らしい作品を生んでくれるか、楽しみになってくる一作でした。
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