『冬空トランス』／長沢樹

あらすじ

放送室、校舎、屋上観覧車……様々な場所で起こる不可思議な事件。かわいすぎる名探偵・樋口真由と、弱小映画研究部部長の遊佐渉のコンビが、貴重な青春のひと時を謎解きに捧げる“消失”シリーズ、待望の最新作。

紙版はこちら

冬空トランス (樋口真由“消失”シリーズ)

• 作者: 長沢 樹
• 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
• 発売日: 2014/03/26
• メディア: 単行本

 

電子書籍版も出ています。 

冬空トランス (角川書店単行本)

• 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
• 発売日: 2014/03/30
• メディア: Kindle版

 

 

 

感想は追記にて。

感想

 

第31回横溝正史ミステリ大賞を受賞した『消失グラデーション』でデビューした作者。そのデビュー作から続く、樋口真由“消失”シリーズ第三弾『冬空トランス』は、「小説屋sari-sari」「小説　野生時代」に収録された３編を収録したものとなります。

このシリーズの私の印象としては、登場キャラクターの重い設定、そして「消失」にこだわったミステリ部分が挙げられます。また、『消失グラデーション』で仕掛けられた作者の仕掛けには、目を見張るものがありました。

そして本作。遊佐渉と樋口真由の出会いを描いた、『夏服パースペクティブ』の前の話である「モザイクとフェリスウィール」。『夏服パースペクティブ』から『消失グラデーション』の間の出来事を描いた、表題作「冬空トランス」。『消失グラデーション』の後の物語となる「夏風邪とキス以上のこと」。この３本の話から成っている作品。今回はこれまで以上に文の面白さが感じられました。

殆ど登場するキャラクターが高校生。その彼らの日常生活が語られる部分が多く、その楽しみが多かったために、楽しく読める部分が多かったように思います。また、歌って踊れるアイドル声優を目指しながら、家族の阻止にあって断念せざるを得なかったアニメ声の警視。食べ過ぎで吐く女子高生と言った、どことなくライトノベルでありそうな部分では、思わずにやりとさせられました。

「夏風邪とキス以上のこと」では、『消失グラデーション』のジョーカーであるヒカルくんも再登場したのも、印象深かったです。彼と、遊佐渉が仲良く樋口真由の“消失”のトリックを開明していく場面は、彼の飄々とした性格もあって面白かったです。

全体で言えば、非常に楽しめた作品でした。しかし、読み終わった後に、私はモヤモヤしたものを抱えていました。消化不良感、と言っていいのでしょうか。

それはどこから来ているのか。それは表題作である「冬空トランス」で描かれたトリックと、高校生たちのエゴの部分でした。

まずはトリック。あまりに無茶なそれに、私も思わず「無理だろう」と思ってしまいました。それも当然作者は予想していたでしょう。作中のキャラクターに「無理だよ、真由ちゃん」と言わせ、それを樋口真由が説明していく、という過程を経ることで、読者にも納得させる、と言う構造を取っていました。しかし、それを読んでなお、「厳しいんじゃないか」と思ってしまいました。アイディア自体はおもしろいと思うのですが。トリックの完成に２時間半。しかし、撤去時間もあるわけですし、夜とは言え、気づかれずに遂行することは出来るのか？また、長い時間作業していた犯人たちの疲労はどうなのか。釈然としないものがありました。

高校生たちのエゴの部分。これも人間の醜い部分を表現できていて、それはよく出来ているし、タイトルである「トランス」の部分を感じさせてくれて、それはそれで面白い部分がありました。しかし、それに比べて、ラストの描き方があまりにアンバランスな感じがしました。読後感を考えて、というところがあるのかもしれませんし、ラストの一文を語るキャラクターの心情を思えばそうなるのもわかりはするのですが。しかし、果たして彼女の周りの人たちがどうなったか、という所を考えてしまうと、どうにも納得できなかったです。

そんなわけで、面白く読めたものの、心の底から楽しむことは出来ず、何とももったいないなぁ、と言うのが、私の感想でした。重さはこのシリーズの特徴でもあると思うので、それは否定しません。しかし、それを払拭しようとするなら、全てがクリアになる形にして欲しいかな、と思う次第です。

そう考えた時に、ふと北村薫さんの『スキップ』が思い浮かんだのですが。それくらいやって欲しいなぁ、と思います。とはいえ、湊かなえさんの『告白』のように、後味最悪で終わる作品もあるわけですし、あえて重さを残した終わり方も有りなのではないかなぁ、と思うわけでした。